 |
 |
 |
 |
 |
 |
ハリセンボンは、さして美形でもないのに、なかなか有名な魚です。なにしろ形が面白い。全身に大きな鋭いトゲがぎっしり生えて、トゲを逆立てて膨らんだら、天下無敵!?生きている魚よりも、はく製のフグ提灯のほうが有名だなんてキャラクターは珍しいでしょう。
水族館でも、丸っこい体に、左右に大きな眼を突き出して見開き、愛矯たっぷりの顔で泳ぐ姿に人気があります。ふつうに泳いでいるとき、全身のトゲはオールバックに髪をなでつけたようにうしろに寝かせています。人によく馴れ、視力もいいのでしょう、人影をめざとく見つけて、大急ぎで水面まで上がってきて、口から水をゴボゴボ吹き出し、えさをねだります。それがものにおどろくと、とたんにぐいぐい水を飲み込んで、はく製の姿かたちそのままの、まんまるなトゲ風船にふくれあがります。
さて、そのハリセンボンという名前も、魚の特徴をうまくとらえて、ユーモラスで、一度聞けば二度と忘れられない、「名は体を表す」お手本のようないい魚名です。もっとも、ハリセンボンの「針」は1000本もありません。じっさいに数えてみたら、500本程度でした。
もちろん「針千本」というのは、実数をいったのではありません。「たくさんの針がある」くらいの意味で、昔は漠然と数の多いことを言うときに、千という言葉が便利に使われていた日本語独特の表現だったのです。英語でサウザンド・二一ドルズなんて、おかしいでしょう。ホラ「ゆびきりゲンマン、ウソついたら針千本飲ます」という、あれです。一目千本、千本桜、千本槍、千本格子、千本立ち・・・と、使い道はいろいろあったのです。三角形の甲に長いあしをしたクモガニ科にも、ハリセンボンという名の、日本特産のカニがいます。甲の長さも幅も2pにならない小さなカニで、やはり、全身にするどいトゲが密生しています。
魚の話にもどります。ハリセンボンの名が学術書に現われた最初は1913年、わが国魚類学の第一人者だった田中茂穂博士の記載によるもののようで、神奈川県三崎付近での方言名を当てたのだそうです。田中博士は、当時知られていた日本の魚全部に、和名をつけようとして、各地で使われていた方言名をさかんに使いました。
もっとも、田中博士は、今でいう標準和名をつけることには、あまり気が進まなかったようです。せっかくつけた、たくさんの魚名を、「標準和名」といわず、「通名のようなもの」といっていました。博士は、「魚の方言」(1933)という評論で、「またわが国でも外国でも魚の方言の雑多なるはすこぶる複雑であるから、これを統一してはどうかという議論が多い。現に米国カリフォルニア州の水産局では、その州で漁獲する重要魚については、各種ごとに標準名を制定している」といいながら、すぐつづいて、「しかし、かようなことは種々の弊害があって、ことに魚の種類を取り違えなどして、紛糾をきたすおそれがある。・・ある魚類は老幼によって、漁場、漁期、肉味の高下があるため、これらへは別々の名称をつけておいたほうが、かえって便利である」と、「標準名」を否定したりして、かなりフラフラとぶれているように思えます。田中博士もどうしたらいいか悩んで、行きつ戻りつされていたのかもしれません。
ともかく、田中博士が書きしるして、今日そのまま標準和名となっている魚名のうちには、1910年代の東京(築地)魚市場で通用していた魚名と、三浦三崎付近で使われていた方言名が多いようです。それは田中博士が東京大学教授で、かつ、東京大学理学部附属三崎臨海実験所で研究をつづけ、しかも、この実験所の第4代所長になられたからでしょう。「全国を歩いて3万余の魚の方言名を収集した」とご自分では言われていても、東京や三浦三崎付近で使われていた魚名を多く「通名」としたのは、当然の成り行きだったように思われます。
では、ハリセンボンは、他の地方では、なんと呼ばれていたのでしょうか。澁澤敬三『魚名集覧』(1942)(1958に再版)には、イガフグ、イバラフグ、イラフグ、バラフグ、ハリフグ、ハリブクなどの名があります。ハリセンボンと呼んだのは、三崎のほか、富山県の生地(いくじ)から越後、つまり日本海沿岸の一部だけだったようです。これでわかるのは、昔の各地の漁村では、この魚を「トゲの生えたフグ」とみなしていたということです。この名なら「フグの仲間」と、すぐわかります。一方で、ハリセンボンという呼び名は、面白くて、含蓄があっても、予備知識がなければ、名を聞いただけでは、なんの魚の仲間なのかわかりません。
じつは、ここに、和名というものの議論のタネが、3つばかり、かくされています。まず、魚名とは「体を表す」ものなのか、「他の魚との関係を表す」のか、あるいは「所属を表す」のかです。魚に名をつけるのは、人間の勝手で、魚の知ったことではありません。しかし、名をつけなければ、人間は困るのです。その魚に、もっとも適切と思われる名をつける、それでその種類が認識され、他の種類との区別もつくのです。でも、調査と研究が進んでくると、ことはちと面倒になってきます。2番目は、和名はだれがどうやってつけるのかという問題。3番目は、ハリセンボンが、本当にフグなのかという問題です。 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |
 |

フグ科のサザナミフグ
 |
 |

ハリセンボン科のハリセンボン
 |
田中博士の「通名」では、たとえばチョウチョウウオ科の魚の名は、チョウチョウウオ、シラコダイ、ゲンロクダイ、ハタタテダイと、種類ごとに独立していました。種数も少なくて、それでよかったのです。ところが、今は、チョウチョウウオ科の魚は、日本産だけで50種もいます。和名も○○チョウチョウウオが(チョウチョウウオをふくんで)31種、○○ハタタテダイが(ハタタテダイをふくんで)6種、○○ゲンロクダイが(ゲンロクダイをふくんで)3種、あと、フエヤッコダイ、トノサマダイ、テンカタギが2種づつ、シラコダイ、ヤリカタギ、チョウハン、ユウゼンが1種づつと、つまりネーミングの基準がバラけてしまっています。チョウチョウウオ科の魚だから○○チョウチョウウオがわかりやすいとする一方で、ハタタテダイに似て、しかも同属だから○○ハタタテダイ、ゲンロクダイに似ているから、別属でも○○ゲンロクダイ。逆に、ユニークな名も良しとしてユウゼン、チョウハン・・・と。
ユウゼンやヤリカタギとかいう名は、たしかにユニークな魚名です。歴史と含蓄があります。でも、その名で、チョウチョウウオ科の魚だとわかるかと聞かれれば、ぐっとつまります。スズメダイ科で○○スズメダイのなかにオヤビッチャ、ハゼ科で○○ハゼのなかにチャガラと、ポツンとあるのはどうなのか。それもまた、味があるのですが、何の仲間かわからないという意見を聞き流すことはできません。
名は体を表すのか、関係を表すのか。所属を表すのか。名が体を表し、同時に関係と所属をも表せば一番いいわけです。ただ、そうすると、あとからつく名前が長くなりがちです。ヒラメ→ガンゾウビラメ→タマガンゾウビラメ→タイワンガンゾウビラメなどが、その一例です。
2番目の、和名はだれがどうつけるかの問題については、またの機会にしますが、3番目は、ハリセンボンがフグなのかどうかという話でした。ハリセンボンはフグだと、ふつうは思われているでしょう。それが、フグであるといえばあるし、フグでないといえばないのです。
ハリセンボンは、ハリセンボン科に属し、ハリセンボン科はフグ目フグ亜目に属します。つまり、広い意味の目や亜目のレベルでは、ハリセンボンはたしかにフグなのです。しかし、フグ亜目はウチワフグ科、フグ科、ハリセンボン科、マンボウ科の4つに分類されています。ややせまい意味の科のレベルでは、ハリセンボンとフグは別なのです。フグ科とハリセンボン科はどこが違うか。もっともわかりやすいポイントは、口から覗く大きな歯の数が、フグ科の魚では上下2枚づつの4枚なのに対して、ハリセンボン科の歯は上下1枚づつの合計2枚しかありません。正面から見える歯に、タテの切れ目があればフグ、なければハリセンボンというわけです。
ところが、日本のハリセンボン科合計6種の和名は、ハリセンボン、ヒトヅラハリセンボン、ヤセハリセンボン、ネズミフグ、イシガキフグ、メイタイシガキフグと、「ハリセンボン」と「フグ」が3対3の同数です。ハリセンボン科に関するかぎり、和名は体を表し、しかし、関係や所属を必ずしも正確には表していないということです。でも、ものの名は、それでもいいのじゃないでしょうか。 |

 |
『海のはくぶつかん』2004年11月号 Vol.34, No.6, p.4〜5
鈴木 克美(すずき かつみ):東海大学名誉教授・元館長 (所属・肩書は発行当時のもの) |
 |
|
|

|
 |
 |