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ダイオウイカは、無脊椎動物の中では最大の生物で、体長4〜5m(外套膜と頭部・腕部を合わせた長さ)、体重百数十kgに達する海のモンスターです。マッコウクジラの胃内容物の調査から、ダイオウイカは世界の温帯海域から亜寒帯海域の中・深層域に生息していて、マッコウクジラの重要な餌であることが知られています。今までに、世界の各地からダイオウイカ属(Architeuthis (アーキテウティス))として15〜19種ほどが報告されていますが、種の記載が体の一部分(触腕や顎板)だけのものも多く、また、巨大なため標本として保存されているものもほとんどありません。そのため、それらの分類には未だ多くの混乱が残されていますし、ましてやその生態に関しては、ほとんど知られていません。イカ類研究者としては、一度はアプローチしてみたい巨大なターゲットです(写真(1))。 |

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日本近海のダイオウイカ
日本近海からは、Architeuthis martensii (アーキテウティス マルテンシィ)(Hilgendorf,1880)とA.japonica (ヤポニカ)Pfeffer,1912の2種が報告されています。
前種は1880年、江戸の博覧会に出展されていた巨大イカの測定値(外套長が186cmあったといいます)と不完全な軟甲を基に、ドイツの博物学者ヒルゲンドルフにより報告されました。残念なことに標本は残っていませんし、いくつかの測定値と、軟甲の短い記載だけでは、この種を特定するのはほとんど不可能です。
一方1895年、江戸から東京にかわりましたが、同じ魚市場に水揚げされた外套長72cmの標本を基に、箕作と池田は、ダイオウイカの1種を詳しく報告しました。しかし、前種と比較できないことから新種としませんでした。その後1912年、ドイツの分類学者プェッファーは、腕の長さが前種では外套長とほぼ同じであるのに対し箕作・池田の標本は1.7倍ほど長いこと、さらに鰭の大きさと形が異なることなどから、真作・池田の記載を基に新種A.japonica を命名しました。
1918年、日本の頭足類分類の大先達である佐々木博士は、東京魚市場で外套長110cmの標本を入手し、やはりA.japonica の種名で報告しています。その後、日本近海のダイオウイカはA.japonica とされ、A.martensii は幻のダイオウイカとなってしまいました。 |

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ダイオウイカを手に入れる
ダイオウイカを調べるためには、標本を入手する必要があることは言うまでもありません。調べてみると、日本海に面した山陰地方や北陸地方の海岸に、ダイオウイカが冬季に限り時たま漂着することが分かりました。鳥取県立博物館には、1988年4月に鳥取県城原海岸に打ち上げられた外套長1.4m、触腕を伸ばした全長7mのダイオウイカが、展示されています。この標本は佐々木博士が報告したA.japonica とほぼ一致します。
そこで、鳥取県立博物館や水産試験場の知人にお願いして、標本の入手を依頼していたところ、1996年3月に鳥取県気高郡気高町の海岸に打ち上げられた外套長1.4mの個体が手に入りました。残念ながら触腕が失われていましたが、この標本は外套膜が筋肉質で締まっており、頭部も大きく、腕は太く短く、どうみても鳥取博物館の標本とは異なるようです(写真(2))。さては、幻のA.martensii かと原記載を調べてみると、鰭の形と大きさが一致しません。しかし新種とするには、不完全な1個体では不十分です。その後、1996年12月鳥取県羽合町の海岸に打ち上げられた外套長171cmの一回り大きい標本が、さらに、1998年1月に島根県太田市五十猛町の海岸で、まだ生きている状態で発見された外套長161cmの標本も入手することができましたが、この2個体は、A.japonica でした。
一方、遥か南方の小笠原父島からも情報が入ってきました。ホエールウォッチングの際、マッコウクジラがくわえてきたと思われるイカ類の長い腕や大きな肉塊が海の表層に浮かんでいることがあるとのことです。早速、それらの収集をお願いしたところ、ダイオウイカのものと同定される触腕数本と大きな肉塊が冷凍で送られて来ました。頭部や腕、内蔵などは全くありませんでしたが、残されていた大きな丸い鰭の形からはA.martensii のようにも思われます。 |

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遺伝子からのアプローチ
調べていくと、日本近海のダイオウイカにはどうも形態の異なる3型が認められるようです。しかし、A.japonica を除く2型は標本数も少なく壊れていたりして、分類学的な形質を十分調べることが出来ません。また最近、ニュージーランドの研究者が、ダイオウイカは一番最初に記載された北大西洋産のArchiteuthis dux (アーキテウティス ドゥックス)の1種だけが有効名であるとの見解を提出しています。
少し困ったことになってきました。そこで、最近の分子系統分類学で活発に研究されているミトコンドリアDNAの16sとCOlの塩基配列を調べることにしました。ジーンバンクに登録されていた、北大西洋産のダイオウイカの塩基配列も検討のため参照しました。
その結果、16sでは日本海産、小笠原産、北大西洋産の間でほとんど違いが認められませんでした。また、COlでも日本海産に2塩基、北大西洋産に1塩基の置換が認められただけでした。したがって、ミトコンドリアDNAの16s、COlの解析からは、日本近海産のみならず北大西洋産のダイオウイカが同一種である可能性の高いことが示されたことになります。ただし、DNAの一部を調べただけで、同種と言い切ることはできません。今年の2月には、ニュージーランドに出向いて、ニュージーランド産ダイオウイカのDNA試料を入手してきました。これも合わせて、もう少し多くの遺伝子座の解析を進める必要があると思っています。 |

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深海にダイオウイカを探る
海岸に打ち寄せられた瀕死のダイオウイカが観察されたことはありますが、生息域と考えられている深海で実際に泳いでいる姿は、未だ誰も見たことがありません。1997年に米国スミソニアン自然史博物館のローパー博士が中心となって、ニュージーランド沖で生きているダイオウイカを撮影しようとした大プロジェクトは、まったく成果が得られませんでした。
それに刺激されたわけではありませんが、日本の誇る有人深海探査艇「しんかい2000」による日本近海のダイオウイカの生態映像を記録するというプロジェクトを、数人の仲間と共に本年度の海洋技術開発センター公募研究として提出しました。残念ながらダイオウイカに遭遇するかどうか不確定要素が多すぎるということで、不採択になってしまいました。でも、深海で優雅に泳いでいるであろうダイオウイカの生きた姿をなんとかこの目で見てみたいと(写真(3)サンタバーバラ自然史博物館に展示されている模型)、ROVや深海カメラなど様々なアプローチを考えている今日この頃です。 |
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『海のはくぶつかん』2002年7月号 Vol.32, No.4, p.4〜5
窪寺 恒己(くぼでら つねみ):国立科学博物館・動物第三研究室長 (所属・肩書は発行当時のもの) |
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