海のはくぶつかん
2002年3月号
海の生きもの常識○と×
魚のウミヘビ、蛇のウミヘビ
鈴木 克美
ゴイシウミヘビ
ゴイシウミヘビ
 水族館のゴイシウミヘビの水槽を、今どき感じのいいカップルが手をつないで、でも熱心に見ていました。
 「あ、穴にもぐって」「きれいな模様ね」「ウナギの仲間かな」「いや、ウミヘビって書いてある」「ウミヘビって、ヘビじゃなかったの。これ、魚みたいだけど」
 そうなんです。ゴイシウミヘビは「ウミヘビ」ではありますが、ヘビではありません。ウナギ目アナゴ亜目ウミヘビ科、つまり、大きく分ければウナギの仲間で、くわしく見れば、ウナギよりはアナゴに近いというわけです。日本近海には、ウミヘビ科の魚が30種ほどいます。

ヘビでない魚のウミヘビ
 名前はウミヘビでも、魚なのですから、えらがあって水中で呼吸し、もちろん、ひれもあります。ただ、ウミヘビには尾びれがありません。しっぽの先がむき出しにとがって終わっています。一方、ウナギやアナゴには尾びれがあって、背びれ、尾びれ、しりびれと、しっぽの先をぐるりとまわって、ひれがつながっています。しっぽの先にひれがなければウミヘビです。
 ウミヘビは尾を海底の砂地に突き刺し、岩の割れ目や石と石のあいだのすきまに突っ込んで、まるで尾の先に眼があるように、スルスルとあとじさりに姿をかくしてしまいます。砂の中でも自由自在、すばやく、どこかへ行ってしまいます。こんな習性の魚としては、尾びれは邪魔もの、ないほうが便利なのでしょう。たぶん、同じ理由で、腹びれもありません。ウロコもないんです。
 では、砂にもぐって頭だけ出しているときは、アナゴ・ウナギとウミヘビとをどう見分けるのか。この場合はちょっとわかりにくいですね。でも、目の前にも鼻のあな(後鼻孔)がちゃんと見えればウナギかアナゴ見えなければウミヘビです。
 ウナギ目の魚は、卵からかえったあと、ヤナギの葉を横にして立てたような形をした、半透明なプランクトン幼生に変わります。レプトケパルス幼生期といいます。それから、シラスウナギの形になります。ところが、ウミヘビだけは、レプトケパルス幼生の時代にもう、しっぽの先がむき出しなので、すぐに見分けがつきます。こんな幼いときから、ウミヘビはウミヘビの形なのです。
 さて、「魚のウミヘビ」の話はここまでで、ここから先は、陸のヘビと同じ爬虫類(はちゅうるい)のウミヘビの話に変わります。

爬虫類のウミヘビ
 爬虫類のウミヘビは、熱帯浅海の生きものです。海底をゆっくりはっているもの、海中をヒラヒラ泳いでいるもの、沖縄の海へ行けば、あちこちでウミヘビに出会います。ウミヘビはもとは陸生生物だったので、ときどきは水面に出て、空気を呼吸しなければなりません。その息の長いこと。3時間くらいは無呼吸でも大丈夫です。
 沖縄には、9、10種のウミヘビがいます。うち3、4種は、本州や北海道まで黒潮に運ばれてきます。沖縄の海のウミヘビの代表格がエラブウミヘビ。そして、冬の日本海沿岸には、尾に独特の模様のあるセグロウミヘビが流れ着いて拾われ、昔から、あちこちの神社で「竜蛇様」と呼ばれ、御神体としてまつられてきました。
 ウミヘビには、卵生の種類と胎生の種類があります。エラブウミヘビは卵生で、繁殖期は石垣島では5月から8月、久米島では8月から12月、トカラでは10月から12月と、北へ行くにつれておそくなります。産卵場所は、入口が満潮のときは海面下にかくれ、干潮のときだけ姿を現すような、サンゴ礁の海辺の岩穴です。エラブウミヘビは、夜、潮の引いた陸に上がって岩穴に入り、そのまた奥の、せまい岩の割れ目などにもぐりこんで卵を産みます。トカラの島々では、奥の方に温泉が沸いている海岸の洞窟に、たくさんのエラブウミヘビが集まって卵を産みます。卵は長さ約8センチ、直径約3センチ。ベージュ色のソーセージのような形をしていて、1ぴきのメスが1回に3個から10個の卵を産みます。
 ウミヘビもヘビですから、肉食です。エラブウミヘビだと、スズメダイ、ベラ、ハゼ、カサゴなど、手近な魚を捕らえて食べある研究では、エラブウミヘビの胃の中から、なんと、ウツボばかりが出てきたそうです。ウツボが主食だなんて、さすがです。なかでも変わっているのがイイジマウミヘビ。このウミヘビは、もっぱら、岩石やサンゴ塊に産みつけられた、イソギンポ、スズメダイ、ハゼなどの付着卵を歯でかきとって食べています。

陸のヘビとどこが違うの?
イイジマウミヘビを捕らえる
イイジマウミヘビを捕らえる
 それでは、ウミヘビは陸のヘビと、どこがどう違うのでしょう。まず、水中を泳ぐために、尾が魚の尾びれのように、左右に平たく、上下に幅広くなっています。第二に、陸のヘビが地面をはうための腹側の腹板(蛇腹・じゃばら)が、退化して小さくなっています。海中を泳いで生活するのに、もう、必要ないからでしょう。もっとも、蛇腹の退化の程度は、種類(というより、生態)によって違い、水陸両生のエラブウミヘビの蛇腹は陸のヘビのそれに近く、沖合に浮かんで生活するセグロウミヘビには、蛇腹はありません。
 1964年、わたしははじめて沖縄に行きました。沖縄はまだ、アメリカ軍政時代で、通貨もドルでした。本土からの観光客も、まだ珍しかったのです。はじめてもぐったサンゴ礁は、口に言い尽くせぬすばらしいところでした。見るもの、手にふれるもの、何もかも珍しく、クマノミをからかったり、アオウミガメを追い掛けたり、毎日毎日、10日間ももぐっていました。
 泳いでいるウミヘビも、よくつかまえました。素手でウミヘビをつかむわたしを見て、「大丈夫か、ウミヘビに毒はないのか」と、心配されました。「大丈夫」と答えましたが、必ずしも「大丈夫」ではありません。ウミヘビをつかむには、コツがあるのです(写真の人物は筆者・1964年)。

毒をもつウミヘビ
 ウミヘビの毒は神経毒で、ハブの20倍もの猛毒があります。沖縄県の調査では、ウミヘビにかまれた13人のうち8人が死んだそうです。ところが、ウミヘビに強い毒があることは、案外、知られていません。イラブー(エラブウミヘビ)を捕る業者がエラブウミヘビにかまれても、何ともない場合も多いのです。東南アジアの統計でも、ウミヘビにかまれた人の80%は無事だといい、「イラブーには毒はない」と信じている漁師もいます。
 というのは、ウミヘビの毒きばはごく短くて、2〜3ミリしかないので、かまれても毒が入らずすむ場合が多いからだそうです。無毒咬症(むどくこうしょう)といいます。厚さ5ミリのウェットスーツの上からかまれても、届かない計算です。ウミヘビ毒の抗血清もあります。でも、むやみにウミヘビにさわらない方がいいでしょう。
 トカラ列島から南の島々のイラブー捕りの漁業者は、動作のにぶいウミヘビの尾とくびとを、両手ですばやくつかみます。捕らえて、真っ黒な黒焼(くんせい)にして、大きな蚊取り線香のような渦巻き状に固めて、薬用や食用にします。精力がつく、と信じられています。
 1978年の夏、ハナダイの研究のために石垣島に行き、糸満漁師(イチュマナー)の具志堅さんのお宅で、イラブー汁をご馳走になりました。カチカチに干したエラブウミヘビを、厚めのカツオブシのように削って、豚汁に入れて煮ます。どんぶりにいっぱいの汁をすすめられ、これも経験と、一生懸命食べました。初体験のイラブーは、味もカツオブシのようでした。ただ、なまぐささが強く、それが鼻について、箸が進みませんでした。
 「からだがあったまるサァ」と、具志堅さんのいう通り、何だか、ほかほかしてきました。でも「お代わり」は、ご遠慮しました。もともとヘビの大嫌いな同行のH君は、ついに、一口も食べられずじまいでした。
 最後に質問。次のウミヘビのどれが魚で、どれがヘビでしょう。ちょうど半数づつです。当ててみて下さい。
ヒロオウミヘビ、スソウミヘビ、クロガシラウミヘビ、ダイナンウミヘビ、アオマダラウミヘビ、クロボシウミヘビ、イレズミウミヘビ、ソラウミヘビ、ムラサキウミヘビ、トゲウミヘビ。
そのタイは鯛なのか?
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『海のはくぶつかん』2002年3月号 Vol.32, No.2, p.4〜5
鈴木 克美(すずき かつみ):東海大学教授・前館長 (所属・肩書は発行当時のもの)
魚の胸ひれの動きと水中ロボット
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発見わくわく発掘疑似体験

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